いっくんは発達障害(自閉症スペクトラム)と診断されています。
そしてザ・不登校児でもあります。
ここは、いっくんが生まれてからの出来事をつらつら書き連ねた
だけのページとなっております。
いっくんの場合 Vol.1
いっくんは私にとって初めての子供でした。妊娠中も各検査も異常なく、自然分娩で生まれてきました。
出産後、入院している間に、いっくんに黄疸がでたので青色ライト治療(光線治療)をしました。目にアイマスクをつけて裸で青色ライトを浴びている姿は、なかなかショッキングでした。
母乳は双子ちゃんでも育てられる、と助産師さんにお墨付きをもらえるほど出まくり、順調に退院までたどりつけました。
ここまではなんの問題もなく経過しました。
最初に何かおかしい…と感じたのは、退院後一ヶ月、実家で過ごしたときのことです。
いっくんがずっと泣き叫び、眠らなかったのです。ギャン泣き、唸り泣きです。赤ちゃんて眠らないのね、唸るものなのね、と私は呑気に思っていましたが、両親はすぐに異常に気づいたようです。
泣くので母乳をあたえ続け、それも15分間隔でとか、抱っこしても、歩き回っても、おむつ変えても、何をしてもギャン泣きです。こんなに大変なら、少子化になるのも無理ないな、とか思っていました。
退院後の赤ちゃん検診では、様子見とお医者様にいわれ、首をかしげながらも実家を離れ、自宅に戻ってきました。
自宅はマンションですが、上の階、お隣とも夫の親戚で固められています。不仲です(夫が)。不安しかありません…
昼も夜も止まない赤ちゃんの泣き声、抱きながらうたた寝をし、トイレにもお風呂にも満足に入れず、助けても言えない日々。せめて横になってちょっぴりでいいから、眠らせて欲しい…
夫はこの頃、転職をしたばかりで疲れ果てており、子育てどころではありませんでした。
私はもともと体育会系で根性でどうにかなる!派でした。しかし、どうにもならないこともある、と身を持って知ったというか。脳がしょわしょわ音を立てて死滅しているのを感じましたし、世界がぼわっとしてきていました。
この頃、無意識に書いていたメモを最近、両親が見つけて笑っていましたが、そこには母乳を与えた時間がみっちりと書き込まれていて、狂気じみた回数でした。思うに鳴き声を塞ぐために、おっぱいにくっつけていた回数だったんだと思います。メモ書きも、こんな異常な状態なんだと、説明する気力はなかったけど何か残さなくてはと、機械的に記入していたのだと思います。
ギリギリでした。
ある日、ご近所に子供クリニックができました。ぼんやりした中、いっくんをつれて相談に行きました。なぜこんなに泣き続けるのか、眠らないのかを。
とても優しい女医の先生で、いっくんは触覚過敏があるのかもしれない。そうすると触れるもの全てが不快、服も母乳も不快に感じてしまうこともあります。また不眠も、過敏さに拍車がかかります。まず、いっくんもお母さんも眠れる方法を探しましょう。本当はすすめられないのですが、細心の注意を払って、うつ伏せ寝もためしましょう。
先生はうつぶせ寝をさせたくはなかったろうに、私の朦朧さに危機を覚えたのか、注意事項を教えてくださり、できるだけ相談にくるよういってくださいました。
帰宅して即、うつぶせ寝をさせてみました。
……こんなに眠っているいっくんを見るのは初めてだ…
何度も息をしているかチェックをしながら、何ヶ月ぶりの静かな時間を過ごしました。心もなんとなく落ち着きました。少しでもまとまって寝てくれるのなら、もうちょっと頑張れそうな気がしてきました。

